あれは誰だろうか。

 笑っている。
 眩しい太陽光の中、一人。
 微笑んで振り返る。


 黒い髪を一つに縛り、きっちりと額あてをして。


 触れたい。
 触れたいのに、触れようとした瞬間、掻き消える。




 ■つきぬけるほど、晴れた日




 科学が進むにつれて人間は、忍も弱くなった。

 かつての忍は火や水、風すらも意のままに操り、己の数倍もの高さを跳躍し、狼ほども早く駆けたと。
 お伽話のように語り継がれているが、誰も真に信じはしない。

 そんな中で忍の里の弱体化が問題となっている。
 今となってはただの傭兵集団。

 その中で自分を含め五十余名、里の存続を担う希望として選ばれた。

 伝説とされてきた忍たちの遺跡、そこから発掘された忍の細胞を体内に入れた子供達が育てられた。


 自分も、その一人。


 五歳の時、適性が認められて手術を行った。
 拒絶反応は無かった。

 体が熱くなった、血を巡る何かを感じるようになった、それぐらいで。
 その何かというのが、昔話の絵本に書かれていたチャクラというものだと知ったのは暫らく経ってから。
 十歳を過ぎる頃、茶色かった髪が混じり気の無い銀色に変化していた。
 そして、酷く、酷く、左眼が疼くようになった。


 十七になった時、育てられてきた子供の半分は死んでいた。
 残された半分も、殆どが拒絶反応を示していると聞く。

 眼の疼きは時折酷い痛みに変わっていて、自分も死ぬのだろうかと思うと恐ろしくあった。しかしそれでも、どこかで大丈夫だと思う心があった。根拠無く。

 古い、古い巻物から、いくつも術を身に付け、周囲からは魔法使いを見る様な、好奇と恐怖の視線を中てられた。

 しかし着実に、自分の、自分たちのお蔭で、里の存在価値が確かなものとなっていく。


 十八の誕生日のこと。

 「眼を入れてみないか」

 研究者は透明の液体に浮かぶ眼球を示した。
 禍々しいほどの赤色。


 「去年発掘された。これ程美しい状態で残されているなんて驚いた」

 「何百年も昔の?」

 「この一年研究をしたが、その眼はまだ確かに生きている」


 ぞわりと体内が動いた気がした。
 歓喜している。この細胞が。

 左眼を望んでいる。


 「お願いします」





 術後、激しい痛みと嘔吐感、そして熱によって生死を彷徨う事数週間。

 回復は唐突で、ある朝目が覚めれば全てが実にしっくりと納まっていた。


 それからだ。
 それから見える。


 幾度も、幾度も。

 微笑むその人に触れたい、抱き締めたい。
 名を、呼びたい。


 「―――センセ」


 体内が、血が巡って熱くなる。

 貴方はどこにいますか。
 どこにいますか。



 黒髪がゆるりと揺れてとかれた。
 彼が近い。
 覗き込む漆黒の目が艶を含んで濡れている。

 我知らず唾液を嚥下する。

 手が勝手に彼に向かって伸びている。
 自分の意思ではない。かってにだ。

 手は彼の衣服を剥ぎ取り、彼もこちらの衣服を剥いでいく。

 呼吸が乱れ、夢中で彼に口付けていた。
 最早己の意思であるのか、そうではないのか、判然としない。

 解して侵入すれば、彼は少し顔を歪めたが、その硬度は変わらない。
 自分の背を抱き寄せて耳元に口を付けて。



 やくそく ですよ

 かならず

 かならず


 つぎこそは



 目を開くと天井が見えた。
 眩しい朝の光に視界を奪われる。

 (夢?)



 その日、里長に呼ばれた。

 「ついに二人だ」


 何がですかと聞かずとも解る。
 細胞を持つ子供の生存者が、だ。


 「そうですか」

 「動じないな」

 「そうでもないです」


 その時背後で扉を叩く音。


 「入れ」


 入ってきた人物が、毎日この、眼、で見てきたあの人だと気付いた瞬間、意識が途切れた。




















「イルカ先生」


 愛しそうに呼ぶ声は、一瞬前の男の物とはまるで違う色を持っており、里長は訝しげに男を見た。
 男を幼い頃から見てきたが、このような声を出す人間ではなかったはずだ。
 何より男が名を呼んだ人間は、その名前ではない。

「カカシさん」

 応える声に、より驚き、たった今部屋に入ってきた彼を見る。
 彼も、これ程穏やかに優しく笑う人間ではなかった。

 そしてやはり名前が違う。

「おまえら、一体」


 瞬間、部屋の中に風が巻き起こり、里長が目を開けた時、そこに二人の姿は無かった。


 窓の外にもどこにもいない。




 ただただ、つき抜けるほどの、晴天だった。




 2006.04.22 ハヤ