ドアを叩く音がする。
つい今しがた出て行ったばかりのナルトだろうかと思うが、もう起き上がる気分にはなれない。
悲しくて、哀しくて仕方が無い。
自分の心にある拠り所と言うものが、たった一晩の行為で失われてしまった。
あの人を待つ資格もない。
ナルトの、肉親の様な愛情で繋がる関係である資格もない。
あの人の、自分ではそう思って居はいなかったけれども確実に風化しかかっていた記憶が、ナルトに触れられた事で鮮明になるなんて。
そしてその瞬間、自分はあの人を裏切っているなんて。
再びドアを叩く音がした。
それでも乱れた服を整える気力もない。
開いているから、と扉に背を向けたまま瞼も開けず応えると、少し逡巡の様な間の後にゆっくり扉が開く音がした。
ぎしり
床の軋む音がして気配が近づく。
忘れ物でもしたのかと頭の隅でちらと考えたが、どうでも良かった。
今は只眠りたかった。
涙ばかり流して、精神は疲弊して。
眠って、眠っている間は安らかでありたかった。
しかし気配は寝台の隣でぴたりと止まる。
沈黙ばかりが空間を支配する。
それが余計に哀しさを煽り、閉じたままの瞼から涙がぽろぽろ二粒落ちた。
すると溜息を吐く音がして、その音に酷く違和感を感じた。
違和感。
音の位置が高い。
気配が、重い。
体温が低い。
ナルトが歩いても床は軋む音を上げない。
――ナルトではない
「後悔するなら」
強張った肩に降りた声は、ナルトでは有り得ない低音。
「抱かれなければよかったんですよ」
その声は、昨夜鮮明に思い出した、あの人の声だ。
しかし聞き慣れた、彼の声でもある。
まさか。
有り得ない。
振り返ることができない。
背後に立つ人物は、口元を覆った男か。
それとも獣を模した面を着けた男か。
注意深くなれば、何故この気配をナルトと間違えたのかと自分を詰りたくなるほど研ぎ澄まされている。
殺気すら混じるそれは、普段の慣れ親しんだ男のものだと分かるのに、戦場から帰ったばかりのあの人のそれと全く同じで。
何故、彼があの人だと気付かなかったのか。
何故、彼は迎えに来たと言ってくれなかったのか。
「何故」
漏れた呟きは酷く嗄れていた。
突然、強い圧迫感と共に痛いほど肩を掴まれ仰のかされる。
圧迫感の正体が殺気のような苛立つ気配であったと理解すると同時に、視界に映ったのは額当ても口布も取り払った秀麗な顔立ちの男。
眉間の皺に、どきりとした。
そして漸く、心から理解した。
あの人は、彼であったと。
自分はこの人を裏切ったのだということ。
涙が幾筋も耳へ落ちていった。
――他に誰も好きにならないで。
――他の誰にも抱かれないで。
――俺だけを愛していて。
――必ず迎えにいくから。
「迎えに来てくれると、言ったじゃないですか!」
喉に絡む声は卑屈に歪む。
きっと自分は今酷く嫌な顔をしている。
この状況を誰かの所為にしたがっている。
「どうして、貴方だと、言ってくれなかった!」
叫ぶ様な声と共に涙が零れる。
彼だと分かってしまえば今まで自分を苦しめていたものを全て理解する事ができた。
あの人だけを想っていた心は既に己の一部分、己の自己同一性の一部分になっていた。
それなのに彼は、あまりにも心を乱す存在で、それでも自ら離れる事も出来ないほど心地好い関係になって。
……好きに、なってしまっていた。
当然だ。
彼はあの人だったのだから。
彼の声、仕草、匂い、気配、全てにあの人の記憶が薄らぐのは当然の事だ。
あの人のそれら全てを思い返そうとして彼を思い起してしまう事も、当たり前ではないか。
自分はその事に苦しんでいたというのに。
肩を掴んでいた握力が緩む。
彼を見上げると、驚いたように目を見開いていた。
ふと己の今の姿を見下ろしてみれば寝間着代りの浴衣が肌蹴て胸元の殆どが露わになってる。
足も太腿がむき出しになっている。
「迎えに来たと、言えば受け入れてくれていたんですか?」
今更ながら羞恥し、慌てて着物の襟元を引き合わせていると、ぽつりと頭上から声が落された。
え、と聞き返そうとして再び強く肩を寝台に押し付けらる。
「っ何を!」
「だったら!どうして待っていてくれなかったんですか!言ったでしょう、誰にも抱かれるな、と」
「それは!貴方が」
貴方が俺の心を乱すからだと言いかけて、自分の馬鹿さ加減に気付き止めた。
彼がどうであろうと、心が不安定になっていようと、自分が犯した罪だ。
ずっと、夢見ていたあの人との再会。
実際はどうだ。酷い結末じゃないか。
全て自分の弱さだ。
「もう帰ってください」
彼の手を振り払おうと、肩を掴む腕を押し退けようとした。
しかし一寸すら動かない。
「離して、ください」
「嫌です」
逆に両腕を取られ、おさえこまれる。
その所為で先程かき合わせた襟元が少し肌蹴る。
彼は眉根を寄せたまま見下ろしている。
まるで身体を見分するかのように。
これから何が始まるのか予感して頭から血が下がった。
「やめ、て、ください」
声が震えていて、どうやら自分は震えているのだと気付く。
「ナルトを受け入れた癖に、俺を受け入れられない理由はないでしょう?」
心臓に突き刺さる辛辣な言葉。
眉を顰めると、彼も酷く顔を顰めていた。
嫌だ、と口を開こうとすると、唇が重なって音にはならなかった。
脇腹だとかを撫でる手が、何かぴりと痛む場所に触れて身体が強張ると、彼は顔を上げて脇腹を覗き込んだ。
そして眉間の皺と濃い殺気に、その場所が昨夜噛まれた場所であったと気付く。
「いっ」
強くその上を噛まれる。
「ナルトの匂い」
「っだったら!もう、やめて下さい!!」
「嫌」
がむしゃらに身体を捩り逃げようとすると、また別の場所をきつく噛まれて痛みに身体が萎縮する。
「こんなに痕を残されて、痛かったでしょ」
労っているのか侮蔑しているのか判然としない物言いに、耳を塞ぎたくなる。
ふと裾を割って入った手に局所撫でられ蒼褪めた。
何故ならそこは昨夜の残滓で汚れているはずで。
中で出すなとは言ったが、若い身体にはそんな事、できる筈がなかった。
「いやだ、やめてください!やめろ!」
裾が乱れるのも構わず手を蹴ろうとして暴れると、彼はすうと目を細めた。
脚の間に身体を割り込ませ、膝で両腿を押さえつけられ、自由を奪われる。
ぐちゃり
濡れた音がして、掲げられた彼の指には白く伝うものが在った。
指を閉開しねばつくそれをじいと彼は見る。
「ふうん」
見下す彼の目線に、心から死にたいと思った。
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