事態が急変したのは、再び四人が部屋に集まった時だった。
体格の良い男ばかり四人が六畳の部屋に座ると、どうしても窮屈になる。円になるよう座り、その真ん中にカイの額当てを置く。「黙祷を」というヒビキの声に、瞼を下ろした時だ。
気配無く襖が開いた。
驚いて顔を上げると、そこには見知った男が立っていた。
「カカシ上忍……」
ヒビキがその名を呼び、カカシが僅かに頷く仕草を見せた。そして視線が額当てに落ちる。
「状況を説明してくれる?」
カカシの座る場所を開けるために体をずらすと、一瞬目があった。イルカがカカシを見るのは、随分と久しぶりの事だった。最後に会った時を、イルカは正確に覚えている。
半年前だ。あの時カカシはイルカにとって、上官という枠を少しはみ出し、友人に近いような存在だった。
里を代表するような上忍でありながら、偉ぶらず気さくに接してくれるカカシに、憧れと尊敬を抱いていた。そう、半年前カカシに「好きです」と告げられた日までは。
「今日はもう解散。疲れてるだろうからよく寝て。俺の部屋はこの人と一緒でいいから」
カカシの声に顔を上げると、他の三人が戸惑った顔でイルカとカカシを交互に見ている。この人、と言ったのはイルカの事だったようだ。
不意に半年前のカカシの声が頭に蘇ってきた。その時に初めて見たカカシの素顔。綺麗な形の唇だと思っていたら、その唇が動いて音になった言葉に驚いた。何も答えないイルカに焦れたのか、手がのばされた。それを、思わず避けてしまったのだ。
不審そうな三人に、カカシは「顔見知りだから」と説明している。
「何もしませんから安心して下さい」
カカシの顔が近づき、どきりとしたのも束の間、それだけ囁いてカカシは立ち上がる。
(何もって……)
変に意識していると、カカシに感づかれている。急に恥ずかしくなって、赤い顔を隠すように俯く。カカシは入ってきたときと同じように、静かに部屋を出て行った。
「イルカ、嫌なら言えよ」
荷を肩にかけてカカシと入れ違いに入ってきたエイリが低い声で言う。
「い、嫌とかそんな」
意識する方がおかしいのだ、そう己に言い聞かせて立ち上がる。
「イルカ」
「大丈夫だから」
吐き捨てるように言い、立ちあがる。まだ心配そうにしているエイリに笑って見せた。
「心配掛けてばっかりで、すみません」
「……イルカ、おまえ」
大丈夫、ともう一度言うと、イルカは部屋を出た。
単純に、カカシと二人きりになるのが気まずいだけだ。告白を断った後、カカシを避けていた。しかし、気がつけばカカシがイルカを避けるようになっており、イルカはカカシを少しばかりも見かけることがなくなっていた。イルカが話をしたいと思っても、それは叶わなくなっていたのだ。
「お久しぶりです、カカシ先生」
「そんなところで畏まらないでください」
部屋に入ると、カカシが顔を上げた。蒲団が二組、揃えて敷かれている。それがあらぬことを想像させて落ち着かなくさせる。
「あの、やはり私も隣で……」
「あの部屋に四人は無理でしょ。任務について話しておきたいことがあるから、同室にしたんです。他意はありませんから」
話しておきたいこと、と口の中で反芻し、イルカは身を正した。こちらへと手招かれ、カカシに近付く。
正面からカカシを見て、本当に久しぶりだと改めて実感した。少しの苦さを伴うが、脈が速くなる己を止められない。
皮肉なことに、カカシに避けられるようになってから、イルカはカカシを意識するようになっていた。
イルカは一度息を吐き呼吸を整えると、カカシを見上げた。カカシは瞼を下ろして何かを考えているようだったが、静かに目を開けるとイルカを見据えた。
「この中に、裏切り者が居ます」
え、と。イルカは目を瞬く。
「それは、どういった意味で」
「恐らくこの任務の間に抜ける気です」
「……里を……?」
「既に隊長が殺された。恐らく最も邪魔な相手だからまっ先に消したんでしょうね」
「あの三人の誰かが殺したという事ですか?そんな馬鹿な。だって、皆アカデミーの同僚なのに」
頭を振って、ありえない、と思う。皆カイには恩があるのだ。殺すだなんて。
でも、と思う。
カイが死んでもどこか淡々としていた。
(誰が……?)
「火影様が見たところ、あの少女は暗示に掛かっていたそうです」
カカシの言葉にイルカは頭を鈍器で殴られたような気分になった。
あの少女、というのはアカデミー付近で倒れていた少女で、今回の任務の依頼人、という事になる。何日もろくなものを食べていなかったようで、保護した時、脱水症になっていた。
少女は自分の通う学校が占拠されて生徒達が人質になっていると語った。たすけて、と。
それを聞いたのが、今回任務を受けた五人だった。
火影に報告すると、すぐに割ける人員が居ないと言われた。受付も兼任していた五人だった為、そのことは十分承知していた。
(あの少女は下手をすれば死んでいた……)
あれが暗示によるものだとすれば、暗示を掛けた者を許せないと思う。しかし
「それでは、学校で人質にされている生徒たちというのは……」
「そんなものは最初からいなかったんですよ」
カカシの言葉に、イルカは安堵して肩の力を抜いた。いつも教えている生徒たちと、同じような年頃の子どもたちが、恐ろしさに震えて夜も眠れないでいるのではないかと思うだけで、犯人に対する怒りでどうにかなりそうだったのだ。イルカも同じぐらいの年の頃、己の力のまるで及ばないものに対する恐怖を嫌と言うほど味わった。周囲の者が次々と死んで逝く。そんな恐怖を、同じ人間同士でありながら与えるなんて、と。
「……でも、背反者が居るんですね」
「すみません、もう少し早く来れていれば犠牲者が出ずに済んだかもしれないのに」
「カカシ先生の所為じゃありませんよ」
イルカは再び眉根を寄せる。あの三人の誰かが、少女を危険にさらし、カイを殺したのだ。
「里を、抜ける理由がある者に心当たりは?」
(里を、抜ける理由)
ふと、ついこの間同僚に聞かれた事を思い出した。
『おまえ、狐に両親を殺されてるんだって?』
頷くイルカに、憎くはないか?と問うた。それは勿論憎い、そう答えようとしたが、彼の言う『狐』がナルトを指しているようで、イルカは首を横に振ったのだ。狐は憎いが、ナルトは狐ではないと。
彼はとても意外そうな顔になった。
「あるんですか?」
カカシに問われて、イルカは言うべきか迷った。
しかし彼のような問いかけは、ナルトの担任になったときからずっと、様々な人から聞かれ続けたことだった。
(九尾をナルトと混同して、里のナルトへの対応を憎む者は、多い)
それは悲しい事だが事実だった。
(あの三人、全員親や身内を九尾に殺されていた筈だ)
だから、彼がそうだと決めつけるのは早すぎる気がした。
何より、エイリはよくイルカを気にかけてくれる。性根は良い人間なのだ。カイを殺してまで抜けようと思うだろうか。
「イルカ先生」
「待ってくれませんか、本人と少し話をしてから……」
「言わなくても良いですから、それは止めてください。すでに一人仲間を手に掛けているかもしれない相手です。この話をイルカ先生にしたのは、仲間と思って油断しないで貰いたかったからです」
イルカはむっとして口を噤んだ。それではまるで、下忍扱いではないかと思う。
「俺だって、これでも忍びですから易々と騙されたりはしません」
カカシは気まずそうに顔を逸らした。
「すみません。もう寝ましょう。あと、これは俺の任務ですから手出しは無用です」
手出しは無用、と言う事で、イルカが本人に話をする事を禁じているのだろう。それは道理だが、やはりイルカは能力を低く見られているようで憮然とした。
(いや、実際忍びとしてはあまり優秀とは言えないから、俺は)
カカシはさっさと灯りを消して蒲団へ潜りこんでいる。イルカは己のちっぽけなプライドに辟易しながら蒲団に入った。
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